ドラフトが生んだ事件として、最も有名なのは「空白の一日」と呼ばれる江川卓の事件です。
江川卓は読売巨人軍の大ファンでした。そのため、巨人軍以外に指名された場合は入団を断るとしていました。
彼は高校時代には阪急からの指名(1973年)を拒否して、法政大学に入学、大学卒業後にはクラウンライターライオンズの1位指名(1977年)も拒否しました。
「空白の一日」はその翌年(1978年)のドラフト前日、ドラフト制度のすきを突いて、巨人と江川が勝手に契約を結んだことを言います。
結局、これは無効とされましたが、その後江川は巨人のエース小林繁とトレードで巨人に移籍しました。